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藤本義一先生への追悼! と通天閣慕情少々 [blog]


藤本義一先生、謹んでご冥福をお祈りします。



浪花の文化人の顔と言えば、『11PM』の司会を25年も務め、さらには「笑の会」で若手芸人や構成作家などを育て、自ら直木賞作家として多忙な日々、浪花文化のためには、見ず知らずの自費出版の作者にも、知己の新聞記者の紹介もあり、断ることもせずに、膨大なゲラを読み、寄稿するという著名人には珍しい方だった。

藤本義一先生は「西の藤本義一」「東の井上ひさし」と並び称され文藝や戯曲などの投稿を続け、
井上ひさしさんをして、うならせた。

浅草フランスの文芸部員になった井上ひさしさんはそこで戯曲の勉強を始め、

戯曲の練習のつもりで、数十篇のラジオ・ドラマを書き、あっちこっちの懸賞に応募していた。昭和32年には一年間の賞金総額が十万円を超し、自信をつけつつあったが、西にさらなる強者がいた。それが大阪府立大学の藤本義一さんだった。なんと「年間六、七十万円の賞金を稼ぐ投稿王がいて、彼と較べればこちらはほんの小物だった。大阪の投稿王は藤本義一という名だ。」と
『四千万歩の男』(五)・講談社文庫の自ら書いた年譜で告白していたものだ。

藤本義一先生がいかに浪花文化に力を入れていたかは、『通天閣30周年の歩み』の寄稿を読めば実によくわかる。何かの手違いで、当時、1987年から翌年の3月にかけて編集企画委員になり、編集に携わったので、手元の資料をあさっていたら、藤本義一先生の貴重な生原稿が出てきた。

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 当時、はるき悦巳氏や水島新司氏に難波利三氏や石濱恒雄氏、その娘さんの石濱紅子さんなどに加えて、村松友視氏の『旅』1983年9月号の”新世界歩き”まで網羅された中、藤本義一先生ほど通天閣にも関わった文化人は少ないのではないかと思ったものだ。


幼年時代から始まる通天閣は初代の通天閣は戦争で鉄材が拠出された。しかし、
「少年時代、通天閣が解体され、その鉄材が戦地に拠出されるのだと新聞記事を見た時、親父は悲痛に表情を曇らせていたが、小学生のこっちは喝采したものだ。その理由は、通天閣がそのまま戦艦のマストになって、威風堂々の図で太平洋に乗り出していくのを想像したからである。高島屋の正面に”撃ちてし止まんむ”とか”一億火の玉”といった大きな 垂れ幕があった時代」を振り返りさらに戦後の焼け跡整理で今宮神社にいた。
焼け跡、闇市での武勇伝はエッセイなどで発表されているが、通天閣体験だけにしぼると、
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蘇った通天閣の近所で「友人たちとコップ酒を飲み、串かつを食い、演劇論を語り、喧嘩と喧噪の連夜を通天閣は見降ろしていたことになる。」
さらに、藤本義一先生の運命は戯曲と出会って加速している。
「『新劇』という雑誌に投稿したのが、はじめて活字になった。題名は『川のある町の青春』という今から考えればなんとも青臭いものだったが、やはりわが青春の記念碑に違いない。舞台は通天閣が彼方に見える道頓堀の外れであった。」
さらに書いた『虫』という芸人村を舞台にした戯曲にも通天閣を登場させていた。さらにさらに「出発の戯曲二作が通天閣と縁深いものなら、映画のシナリオ出発二作もまた通天閣の見える町での物語であった。故・衣笠貞之助監督の『大阪の女』(京マチ子・中村鴈治郎主演)であり、もう一作は故・川島雄三監督の『貸間あり』(フランキー堺・淡島千景主演)であった。いずれも通天閣があらゆる角度からスクリーンに登場したものだ。」

「常に私は通天閣を仰いで自分の人生の設計図を描いていたことになる。」とまでの藤本義一先生の通天閣に対する思いは、通天閣での結婚式の開催の後押しまですることになったものだ。
「とくに一昨年の一回目のときは劇的であった。三組の式が同時進行している時に、突如として風雨が強くなり、横なぐりの雨が展望台の窓硝子を激しく叩いた。そして五分も経過するとカラリと晴れた。大阪湾の海面が眩しく光り、眼下の街は一面に拭われて、これまたすべてが輝かしい街の誕生であった。」
そして付け加えて言う。
「これは、あなたたちのこれからの人生の歩み方そのものの気がする」

この優しさは「笑の会」でもそうだし、上方お笑い大賞などの審査員をしても変わることがなかった。私個人の記憶でも、ナインティナインの岡村、矢部などはデビューの頃から高く評価していたものだ。

ところで、『ニュージーランド一人旅』(山田暉見(一番出版・星雲社)は副題が「75歳からのホームスティ」という”地球言語倶楽部”を提唱していた、元商社マンの紀行日記だが、藤本義一先生はここでも、親しい新聞記者の依頼があったとはいえ、実に面倒なゲラ刷りを経て、巻頭言を寄稿していた。

『この一冊の奥にある意識を    論じるのが現代だ』藤本義一 読書傾向というのは不意に片寄ったものになる。 この 一ヶ月に、伝記、日記の類を原稿用紙四百字詰に換算して三千枚ほど読んだ。こういった傾向は一年に一度はやってくる。 昨年は真夏に戯曲を十作読んだ。読書傾向は、時として雪崩現象を起すようだ。あっという間に、同じ範疇の本に呑み込まれていまい、危うく溺れかける。 今回は、次なる五冊だった。 樺葉英治の”八十年現身(うつしみ)の記”。これは大阪の書店で購入した。 川西政明の”リラ冷え伝説”。これは東京の書店を捜しまわって手にいれて読んだ。 鈴木敏文氏”性の伝道者・高橋鐵”これは作者から寄贈していただいたのを読んで、週刊文春の書評欄に書いた。 そして、小林一茶の日記(文政年間)の資料を読み直して、小説新潮にエッセイを書いた。 この間に、山田輝見氏の”ニュージーランド一人旅(七十五歳のホームスティ)”のゲラを読んだ。ドサッと渡された初稿ゲラは”苦労”が”九郎”になっていたり、また”気候”が”機構”になっていたりで、かなり戸惑った。が、頭の中で文字を置き換えながら、ゆっくり読んだ。一口でいえば、最近流行の”自分史”とは一味違う趣きがある。刻明な記録であり、その文中に短く感想を挟んでいくといった形式のものだ。そして、十年前に私自身が取材で訪れたニュージーランドの各地がなつかしく泛び上がってきたのが楽しかった。 とくに、ニュージーランドで出会うキース・ハーバート。ウッドワード氏との距離の保ち方が興味深い。七十五歳の山田氏と五十八歳の福祉介護員のキースとの会話(やりとり)が面白い。アルコールならなんでも口にするキース氏の姿をやや唖然として眺めている山田氏は、淡々とキース氏の日常を描くわけだが、これはニール・サイモンの戯曲に登場する男二人の友情の味が漂う。そこにはさしたる深刻な話があるわけではない。ただ、毎日の記述が、天候、食事、地名、健康への怯えといったものを順序立って記述されているだけなのだが、一人の男の目を通したもう一人の男の姿が泛び上がってくる。 (中略) 私自身、勤めた経験がなく好奇心を唯一に生きているわけで、現在の山田氏の心境がよく理解出来るのだが、わが周囲の定年後の友人たちに、はたして山田氏の思考なり行動なりが理解出来るだろうかと考えると甚だ疑問になるのだ。 (中略) 都市化と農業化と情報化が劇烈な展開を見せる真っ只中で彼等は自己を喪失していまったのだと思う。既成のリアリティーとアイデンティティが崩壊した中に彼等は呑み込まれて定年を迎えたわけだ。 「一粒の葡萄の一番美味しい果実の部分を企業に食われて、吐き出された種だ。それも土の上に……」 といった友人の言葉が浮かぶ。 藤本義一先生は「この一冊の日記が見失った二つの指標の種火の役目になるだろうという気がする」という、賛辞で山田輝見さんの自分史紀行について、最大級のもてなしをしておられたのだ。

また、藤本義一先生は旭堂小南陵氏(現南陵師匠)が参議院議員への出馬を決めた時には、まっさきにニューオータニでのパーティーに名を連ね後輩へのユーモアに満ちた政界への進出の門出を祝していたものだった。私は熱烈な生き字引のようなタイガースファンと一緒に参加したのだが、その有名文化人がいっぱいいる中、和やかな雰囲気が印象的だったことを思い出す。小南陵師匠(現南陵師匠)には、私が編集実務を担当していた『みるみるみるきんき』(カゴメ大阪支店)という企業PR誌で、




「真面目不真面目講釈”近畿”
『旭堂小南陵の世界』の寄稿をお願いしていた。
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藤本義一先生は大阪浪花文化を語る文化人の鏡のおひとりだったと存じます。安らかにお眠りください。「笑の会」に関わった方々はじめ、励ましお育てになった芸人たちが必ずや大阪浪花文化をより一層豊かにしてくれることでしょう。大阪で生まれ40年大阪で育ったもんとして、そのように願わずにはおられません。

青春の門出、ガールフレンドとの初デートが通天閣であり、茶臼山であり、慶沢園であり、市立美術館の私にも通天閣はいまも大阪の誇りと感じております。

いまはご無沙汰がちですが、奈良・吉野に住まうようになってからも、父の命日には一心寺へのお参りは欠かさないように努力したものです。いま、一心寺シアターは若手芸人の落語会や劇団の文化施設として息づいているのも、頼もしい限りです。
一心寺の墓地から夕焼けに染まる通天閣を見るのは最高の贅沢でした。

藤本義一先生 謹んでご冥福をお祈りします。

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