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ゆらいだら、薬膳 [薬膳料理]


ゆらいだら、薬膳 (ジェイブックス)



「〝とうき〟だったかを中国留学していたとき、いっぱい買って帰った」という話を聞いたのは、麻木久仁子さんが宇陀市の薬草フェアに講演や薬草フェス目玉企画のパネラーとして招かれ奈良県宇陀市を訪れられたときだ。


しかし10月半ばとというのに生憎の台風の接近で風雨があり、しかも晩秋の寒さで、二日目の行事が中止になるという最悪の天候で屋外テント店は早々の店じまいを余儀なくされ、屋内体育館に入れば少し寒さはまっしではあるが、展示会場なども雨除け休憩場の様相になり、講演会場も地元のブラスバンドやフラダンスの余興が終われば、足早に帰る参加者いる様相になり、あちきと息子もよもぎ餅だったかを手に途中のコンビニで買った菓子パン手に講演が終われば早々と帰宅のシャトルバスに乗ることになった。

《とうき》は《当帰》と書く。薬草になるのは根というのをスマホで確かめ、家に帰ってから五弁の白い花の写真をカレンダーから選び掲げてみた。実はツムラ漢方のカレンダーを手に入れていたのは麻木久仁子さんが薬膳料理の教室やったりしていることをブログやInstagram紹介で知っていたからだ。
こんないきさつで、当日の講演された麻木久仁子さん話はもっと多くの方に知って貰えればいいな、と内緒で古いスマホで遠くから音を拾ってみたが、残念ながら雑音が多くてほとんど聞き取れなかった。


それから年が上げ1月末だったかに、薬膳の本を出版されるということをブログで知った。

『ゆらいだら、薬膳』という本の題名が著者麻木久仁子の心模様を正直に反映している、著者の素直な気持ちを読者に伝えたいという出版プロデューサーの意図とみごとにからくり人形のように組合わさっている。この本は著者麻木久仁子のタレント活動、書評などの読書フチ的な知的財産を持つ顔と違う、生きさまの劇(ドラマ)が詰まっている。

多くの言葉を費やす前に、著者が家族とどう向き合うかというときに、さる有名女性との三角関係が世間を騒がさせたときに、いつの間にか関西のニュース番組から彼女の姿は消えていた。いや、そればかりがHONZの書評氏として活躍しているようだが、テレビ番組に頻繁にでていた姿が消えていた。

あちきが意識して見ていた番組はくまモン美子さんモデルこと宮崎美子さんとのクイズバトルだった。宮崎美子さんはQさまに限らず、タイムショック特番でもその他の賞金のかかるようなクイズ番組でもいつも一歩先んじて優勝することが多かった。自他共に認める『知の女王』の称号で活躍するかたわらドラマや映画出演に加えて、BS11では『すずらん本屋堂』という大変なレギュラー番組をやっていた。実際に有名女優やタレントの第一線に名を連ねることが簡単でないのは、麻木久仁子をして、スキャンダルと脳梗塞と乳がんという病の襲撃により、流石に前進あるのみ、負けず嫌いに世間のスキャンダル何するものぞ、という思いがゆらいだようだ。

人間、病になると実際落ち込む。あちきの体験で言えば、母の認知症と末期胃がんの看病から解放され結婚、息子誕生、摂津から吉野転居と環境を変えることで新たな生き方を模索して、勢いにまかせて、自分がやれるかどうかを考えることそこそこに、季刊の吉野・飛鳥のミニコミ誌発刊を決めていた。

無謀でタイミングは悪いのは承知していた。吉野移転後にバルブが弾けた。吉野・大淀の大きな新興住宅の丘陵地はバルブの開発期に温泉地付きとしてさらに売り出しがなされ、開発会社は土地の高額買い戻しをすることがあったほどだ。それが吉野へ来て数年すると温泉地の泉源管理は疎かになり、臭い泥水が出てきていた。

隣家が引っ越しできた頃には、温泉泉源管理などまったく行われていず、管理会社の倒産が時間の問題をあちきにはわかっていた。集中浄化槽を下水道工事の本管につなぐ工事の費用は団地の積立金がたっぷりあり、問題なかったのだが、肝心のデベロッパーの会社が予想通り破綻して泉源が潰された。温泉付きは幻となり、いろいろな会社が叩き買いして住宅の密度は関電の50万ボルトの高圧線が中心街を通る北野団地よりは、落ち着いた環境になりいまに至るというのが実相だ。

『ゆらいだら、薬膳』という本の題名が著者麻木久仁子の心模様を正直に反映している、著者の素直な気持ちを読者に伝えたいという出版プロデューサーの意図とみごとにからくり人形のように組合わさっている。この本は著者麻木久仁子のタレント活動、書評などの読書フチ的な知的財産を持つ顔と違う、生きさまの劇(ドラマ)が詰まっている。

多くの言葉を費やす前に、著者が家族とどう向き合うかというときに、さる有名女性との三角関係が世間を騒がさせたときに、いつの間にか関西のニュース番組から彼女の姿は消えていた。いや、そればかりがHONZの書評氏として活躍しているようだが、テレビ番組に頻繁にでていた姿が消えていた。

あちきが意識して見ていた番組はくまモン美子さんモデルこと宮崎美子さんとのクイズバトルだった。宮崎美子さんはQさまに限らず、タイムショック特番でもその他の賞金のかかるようなクイズ番組でもいつも一歩先んじて優勝することが多かった。自他共に認める『知の女王』の称号で活躍するかたわらドラマや映画出演に加えて、BS11では『すずらん本屋堂』という大変なレギュラー番組をやっていた。実際に有名女優やタレントの第一線に名を連ねることが簡単でないのは、麻木久仁子をして、スキャンダルと脳梗塞と乳がんという病の襲撃により、流石に前進あるのみ、負けず嫌いに世間のスキャンダル何するものぞ、という思いがゆらいだようだ。

人間、病になると実際落ち込む。あちきの体験で言えば、母の認知症と末期胃がんの看病から解放され結婚、息子誕生、摂津から吉野転居と環境を変えることで新たな生き方を模索して、勢いにまかせて、自分がやれるかどうかを考えることそこそこに、季刊の吉野・飛鳥のミニコミ誌発刊を決めていた。

無謀でタイミングは悪いのは承知していた。吉野移転後にバルブが弾けた。吉野・大淀の大きな新興住宅の丘陵地はバルブの開発期に温泉地付きとしてさらに売り出しがなされ、開発会社は土地の高額買い戻しをすることがあったほどだ。それが吉野へ来て数年すると温泉地の泉源管理は疎かになり、臭い泥水が出てきていた。

隣家が引っ越しできた頃には、温泉泉源管理などまったく行われていず、管理会社の倒産が時間の問題をあちきにはわかっていた。集中浄化槽を下水道工事の本管につなぐ工事の費用は団地の積立金がたっぷりあり、問題なかったのだが、肝心のデベロッパーの会社が予想通り破綻して泉源が潰された。温泉付きは幻となり、いろいろな会社が叩き買いして住宅の密度は関電の50万ボルトの高圧線が中心街を通る北野団地よりは、落ち着いた環境になりいまに至るというのが実相だ。




この辺りのことはあちきのことなので、実はどうでもいい。この麻木久仁子さんの書評に実はあちきは大変お世話になっている。例えば、『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』(早川書房)の書評を読み、この佐々涼子さんというルポルタージュの基本をキチンと書き込んだ本のおかげで自分史小説の中で十分に書くこともなかったいわゆる製紙された紙に包まれたしもた屋の企画制作部門に憧れて小さな印刷会社に就職した時の記憶が鮮明になった。また、皇国史観について麻木久仁子の『地図から消えた島々』の書評がなかったら、著者が長谷川亮一さんで、いま国会のデジタルライブラリーにある書物などの渉猟研究して、皇国史観の成り立ちについての研究成果の単行本にふれることもなかった。 読むこともなかった。







書き出せば次々とでてくるが、麻木久仁子が乳がんになった、といういわゆる闘病の過程で食事や薬膳料理にであう。自分の母親を呼び寄せ娘を見つめ直して鮮やかに薬膳料理の資格を習得のために本場中国まで行き、その甲斐あって薬膳の料理教室を開催したり、薬膳料理のInstagramやブログを発表しながら、術後経過5年を迎えご本人にとって、アラフィーの人生に薬膳料理という新しい柱がたち精神的には中庸のこころが宿り、『ゆらいだら、薬膳』という料理本に人生の健康と食の要点が詰まっているいるというのがこの本の素晴らしいところだ。人生の書が薬膳料理の真髄をやさしく伝える奥義は著者の知性をさりげなく輝かせているだけに、健康志向の奥様に限らず、男にとっても大切だと感じる次第。





ところで女性ジャーナリストで千葉敦子さんという方がいた。あちきはは母親が胃がんになったのこともあり著者のエッセイをたくさん読んでいた。そして『「死への準備」日記』を『週刊朝日ジャーナル』に書き続け絶筆された。あちきの母が6月25日に亡くなって二週間後の7月9日だった。

麻木久仁子さんの乳がんとのおつきあい状況については、 自分の状態を知る、 ということ にまとめられている。彼女をして「身もこころもボロボロだったあのころ」という思いを読むと、「ゆらいだら、薬膳」の薬膳ルール4箇条を思いだす。 1どんな食材も薬膳になる 2「体にいい」は体調や季節で変わる 3迷ったら〝五色の食材〟を意識する 4お茶を飲むだけでいい ひとは病を避けられない。あちきが境界型糖尿病になったのは自分が選んだ仕事とはいえ、吉野と大阪、西宮の掛け持ちは自分を痛めすぎたからだった。人生50年織田信長にならい親父の年まで生きられたらと覚悟を決めたのは95阪神淡路大震災が起こり、仕事環境がボロボロ出版企画は球団の紛糾低迷で売れず儲からず、人手確保にがっかりが加わり、入院後は激ヤセ、検査で疲れて五十肩と腰痛治療に箕面まで通い、もはやこれまでと思った命が実は膵臓がんではなくて、バセドー病根拠の痩せ止まりしない、原因わかって開き直った。で、自分の意志で転院の大正解。 ということで、あちきは友人は去ったが愛する女性がいるのでなんとか70年生きている。落語の「らくだ」はふぐの肝喰ってふぐになくなるが、あちきは人生を遊ぶことで死ぬまで生きることになる。かの昔読んだ千葉敦子さんは『死ぬことは、よく よく生きる ことだ』というひそみにならいたい、という願望は少しはある。 参考までにわたしが麻木久仁子さんモデルの小説を試み届けているのは、語弊があるかもしれないが、共にボチボチ休むことも大切だということを僭越にも感じて、書評に触発された「ありがとうございます」というのが偽らざることでありんす。

ところで本日ダ・ゾーンで放映されたダニー・ガルシアとブランドン・リオスの試合で9ラウンドにダニー・ガルシアが得意の左フックをかわされたときに相手の左のロングフック気味のパンチが飛んできたとき、その打ち終わりを掠めて右ストレートを左のジョーにい打ち込んだ威力はガルシアスーパライト時代の切れなのかな、と思っていたときだっただけに気持ち良かった。こういうことがあるからボクシングファンをやめられない。


松本亮や軽いクラスの山中などの試合やSuperfly級や、我らが山中慎介のカムバック試合があり、来週からはサッカー観戦もあり目が離せないことになり、羽生結弦の66年ぶり不フギュア金メダル連覇や宇野昌磨との金銀受賞とかスノボードパイプの平野歩夢の惜しい銀メダル連覇など盛りだくさんな平昌冬季五輪も終わるので、安室奈美finally公演は昨年11月8日からいといろな応募チャンスのためにできる努力はしたが全てハズレ、これも人生。

潔くサッカー観戦とボクシングと落語にシフトして、当分はその流れに乗る予定だ。

訂正 追記 ボクシング事情のその後は過激展開だ。ネリとの再戦で山中慎介は体重超過のまま対戦して惨敗KO負けで正式引退を表明した。「神の左」当てる前に右ジャブでダウン寸前に追い込まれるなど、1Rからのダメージは2Rにも回復しなかった無念! ネリの確信犯体重超過は日本ボクシング界追放でいいだろうが、悲しい結末ではあった。しかし、岩佐がなんとか初防衛に成功! あとに軽量級ボクサーの世界戦もある。しかし、飛鳥の蘇我4代にまつわる古墳散策の途上に、ボクシングのWBCヘビー級の試合があったので、山中慎介のおあわりだじゃないが小山田古墳や菖蒲池古墳などは後から行ってもいいのだ、とWOWOWオンデマンドをスマホで見た。

いや驚いた。いつもはそっぽむく息子もなぜか小さな画面に集中している。途中で電波不良もあったが、いやワイルダーとサウスポーオルチスの対戦は盛り上がったな。

5Rにワイルダーのショートレンジのストレートであの頑丈なキングコングオルチスの巨体がたたら踏んで浮き上がった。そして追い打ちでダウン。さすがワイルダーの右ストレート、この日はそれも間合い積めた一瞬でのショートレンジからのストレート。

ま、ここで興奮できないのが7R今度はオルチスが左フックカウンターでワイルダーをぐらつかせ猛攻でロープに追い込みダウン寸前、しかしクリンチでワイルダーはなんとかこらえる。

8Rは攻撃したオルチスも疲労困憊で攻めるジャブが浮足立ち、ワイルダーはとにかくダメージ回復に努める。9R除々にダメージ回復したワイルダーが左ジャブから組み立て終盤に右ストレートでオルチスを追い込みオルチスも応戦でさらに盛り上がる。

しかし、結末は10Rの序盤にやってきた。オルチスのスタミナは切れていた。そうなるとワイルダーは猛攻で最初のダウンを奪うと立ち上がったオルチスにバスケット選手の素早さで追い込み接近して頭を下げたところに右アッパーカットを突き上げてすべては終わった。オルチスは崩れ、レフリーは瞬時にストップ、録画で何度見たがあのワイルダーの破壊力ある右ストレートは半端ない。ジョシュアというロンドン金メダリストが三団体統一試合をする。その結果次第でワイルダーとの対戦が予測される。

そのような状況で井上尚弥のバンタム級挑戦試合が決まった。いや、マグドネル10年間無敗で長身選手とはいえ、前評判はホームアドバンテージある井上尚弥の圧倒的有利。しかし油断禁物。というような最中、あちきは黒岩重吾の『落日の王子』再読の日々、この小説は中臣鎌子(鎌足)は中臣御食子(なかとみのみけこ)の養子説。読んで鎌足の深慮遠謀の深さに中大兄皇子や大海人皇子との壬申の乱につながる古代史を吉野大淀で俯瞰するという次第。

いやそれにしても最近は見瀬丸山古墳ではなく五条野丸山古墳と呼ばれている丸山古墳の再調査すべきではないかと実感する。近くの五条の植山古墳は着々と古墳公園になりつつあるが、丸山古墳は宮内庁の陵墓参考地ということで、92年の盗掘孔から子どもが入り親が墓室を撮影した写真が報道さ、ニュースステーションで久米宏さんがCG映像で大騒ぎ報道下にもかかわらず、盗掘孔は埋め戻されその後の調査はされていない。あの石室の奥には、推古の母親の堅塩媛(きたしひめ)の追墓で石棺が収められているというのにな? ということは黒岩重吾氏が『斑鳩王の慟哭』で記すように、この墓が欽明天皇陵の可能性が高い。しかし宮内庁は800M離れた梅山古墳に比定している。

もちろん蘇我稲目の墓などの説はありえない。都塚の方が可能性がある。ま、小山田古墳なども明日香養護学校の校舎改築でみつかり最近の調査で70Mの方墳とわかったということですから、飛鳥の考古学が現在進行形で事実は小説のようになる? というわけだ。



タグ:薬膳料理
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